震災後、宮城県石巻市雄勝町に建設された巨大な防潮堤。その防潮堤をキャンバスに、雄勝に新たな色を描くプロジェクトが立ち上がりました。
巨大なキャンバスに筆を入れる1人のアーティスト。愛知県出身の安井鷹之介さん(29)です。1カ月半前から雄勝町に滞在し、壁画を制作しています。
安井さんは、雄勝で見た景色や感じたことをこの巨大な壁に描きます。
アーティスト安井鷹之介さん「完成図が無いので、そこに何を書こうかっていうのをここで考えながらやっているんで、こうやって見る時間が長いです。
見て考えている時間が長い」
高さ7.5メートル、幅54.6メートルの巨大なキャンバスは、震災後に命を守るために整備された防潮堤です。
震災で最大16.2メートルの津波が襲った雄勝町。住宅の8割が全壊し、173人が死亡、今も70人の行方が分かっていません。
復興が進む一方で、防潮堤の建設によって海に囲まれた雄勝町の景色は一変しました。
阿部良久さん「どこからでも海が見えたっていうのが当たり前の景色でしたので、それが失われたっていうのが一番ショックっていうか、残念なことでした」
防潮堤の前にある観光物産交流館で、漁業体験プログラムやマリンスポーツなどの観光コンテンツを企画し、雄勝の魅力を発信する阿部良久さんです。
命を守るために造られたことを理解していても、防潮堤の必要性を感じられない場所もあると話します。
阿部良久さん「防潮堤の裏側に民家があるわけではなく、何のための防潮堤なのか、全く分からないですね。実際、多分、そこまで役に立たないんじゃないかって正直思うし、一言で言えば負の遺産的な印象しか自分にはないかな」
高さ最大9.7メートル、全長3キロ以上にわたって続くコンクリートの壁は、空き地や山の前にもそびえ立っています。
無機質な防潮堤に彩りを添えることで雄勝の景観に新しい命を吹き込みたい。そう思って始まったのが、防潮堤に絵を描く海岸線の美術館プロジェクトです。
海岸線の美術館髙橋窓太郎館長「(防潮堤の)前に立った時にすごい高さなんですけど、すごい静かだったんですね、波の音も聞こえず、その時は風も吹いていなかったのか分からないですけど、すごい静かで、それが美術館っぽいなって思ったのが、この事業を始めようかなと思ったきっかけになってて」
このプロジェクトの発起人、高橋窓太郎さんは勤めていた会社の研修で3年前に初めて雄勝を訪れて構想が浮かんだといいます。そこで同じ大学の後輩、安井さんに壁画の制作をオファー。2人は雄勝に滞在して、この壮大なプロジェクトを始めることになりました。
アーティスト安井鷹之介さん「描かれる前までは無機質なコンクリートだったのが、今は絵画として見てくれているっているのがすごい変化」
安井さんと高橋さんは、地元の人と交流する中でも防潮堤が抱える影を日々感じています。
住民「高台にみんな家建ててんだからさ、あえてさ、それをまた高くする必要があったのかなって。あれだけの防潮堤造ったから安心だからって、大体定着して住んでいる人、何人おりますか?何のための人守る防潮堤、何十億、何百億かけて造ったか」
震災前、約4000人だった雄勝町の人口は現在1000人まで減少しました。雄勝の海とともに生きてきた町の人たち。海と町を隔てる灰色の壁は、想像以上に高く大きなものでした。
雄勝に彩りをと始まった壁画プロジェクト。プロジェクトには住民も参加して、青や緑のペンキを使い壁画の下地塗りを手伝いました。壁画が完成するのは11月26日。
グレーの巨大な壁とともに生きる住民にとって、このプロジェクトは希望の灯りなのかもしれません。
阿部良久さん「絵でもって風景を取り戻すっていうか、何かそういうのは、すごく良いなって個人的には思います。出来上がってしまった防潮堤が、このままであるよりは、何か良いものに変えられる要素があるんであれば、それは良いのかなって個人的には思うところはあります」