東日本大震災から11年と5カ月余りが過ぎました。震災の遺族の中に毎年、日航機墜落事故の現場を慰霊に訪れる夫婦がいます。慰霊登山に同行しその意義を伺いました。
乗客乗員520人が亡くなった、1985年の日航機墜落事故から37年を迎えました。
12日、慰霊登山の参加者の中に震災で息子の健太さんを亡くした、宮城県大崎市の田村さん夫妻の姿がありました。
田村孝行さん「まずはね、今回も来れたなってね。ここでつながったということが1年間の報告というかな、我々の活動の報告というか。つながった方々の顔を見て、元気な姿を見せるというのも一つですかね」
震災の風化を懸念していた田村さんは、企業が起こした全国の事故を調べる中で、日航機事故で息子を亡くした美谷島邦子さんと出会い、2015年から毎年慰霊登山に参加しています。
田村孝行さん「不撓不屈。ネバーギブアップ。安全な社会に向けて」
田村さんは、野球が大好きだった美谷島さんの息子の墓標に立ち寄り、高校時代に野球部で活躍した健太さんの姿を重ね合わせボールを手向けてきました。
震災後、企業防災の大切さを訴えてきた田村さんは、毎年この場所で事故や災害で大切な人の命が奪われることのない社会の実現に向け、誓いを新たにすると言います。
田村孝行さん「いろんなものは風化するけれど、発信を続ければ風化はしないと思う。また次の年まで自分の活動をきちんと続けていくという約束も含めてできたので、改めてスタートになるんじゃないですかね」
田村弘美さん「人命を第一に、安全な社会へっていうフォーラムなり、シンポジウムなりっていうのを続けていくことが、社会全体の安全につながるんだろうなと。遺族の立場からすると、それしかできませんから。気持ちを新たに頑張っていけたらなという思いです」