宮城県は、奈良時代から平安時代にかけて東北の政治と文化の中心であった多賀城の政庁を復元する方針を決めました。
1300年前の724年に創建された多賀城は、朝廷が全国に支配を広げる中で東北に設置された国府です。
政治の中心として機能していたほか、軍事的な役割もあったと言います。
多賀城跡調査研究所関口重樹上席主任研究員「出先機関としての役所機能があった事は間違いない。蝦夷と呼ばれていた人たち、特に反乱を起こすこともございましたので、そういった方々を治める軍事的な機能も多賀城は有していた」
多賀城の中でも、政庁は特に重要な場所だったと言います。
多賀城跡調査研究所関口重樹上席主任研究員「約100メートル四方の築地で囲まれた地区がございまして、政庁は主要な政務また各種儀式を行っていたと考えられております。多賀城の中心の施設になりますので、役割としては重要度は最も高い場所になると考えられております」