東京・池袋など豊島区の大部分が被害に遭った城北大空襲から80年の13日、犠牲となった人を追悼する集会が行われました。

 東京大空襲・戦災資料センターなどによりますと、城北大空襲は1945年4月13日の夜から翌朝にかけて焼夷弾(しょういだん)などが投下され、豊島区などで約2000人が犠牲となりました。

 特に豊島区では区民の7割が被災し、778人が亡くなりました。

 13日に南池袋公園で開かれた集会では、犠牲となった人に黙祷(もくとう)と献花が捧げられました。

石井淳さん 「道路があってひっくり返って死んでました。僕は生きててよかったんだけど、これからもね、戦争がない、あんな空襲を受けない世の中を続けたい。皆さんもそういうふうに努力してほしいです」

恩田嘉一さん 「池袋の繁華街が全部焼けてました。火の粉がどんどん飛んでくる。ガザとかウクライナとかね、がれきをテレビで見るとね、80年前の池袋の焼け野原が思い出される。そういう面で見たくない時もありました」

 戦後生まれの人たちが主催するこの集会は、来年以降も開かれるということです。