医療の進歩で病気を抱える子どもの多くが成人を迎えられるようになった一方で、自分の体の事を理解していないために治療をやめてしまうケースも少なくありません。そうした問題を解消するためのノートを作り、世の中に広めようとしている女性がいます。

 仙台市に住む田下絵理香さん。11歳の娘ゆいさんは、産まれつき左心低形成症候群という心臓の病気を抱えています。これまでに3回の手術を受け、今も定期的な通院が必要です。
 「何をしている時が一番楽しいの?だって」「本読んでる時」
 「YouTubeでしょ」「違う!(笑)」

 ゆいさんが記入しているのは、子どものための病院ノートです。前回の診察から体調の変化があったか、どんな症状がいつあったかを記録したり、その日に受けた検査の内容や出された薬の種類や量などを医師と話しながら記入したりします。
 田下絵理香さん「答えやすいように、何を聞かれているのかが明確になるようにしています」

病院ノート

 このノートは田下さんが作りました。心臓病の子どもを持つ親でつくる団体の代表を務める中で、ある課題が見えてきたと言います。
 田下絵理香さん「子どもが自分の事をなかなか伝えられなかったり、その代わりに親がずっと受診の時も説明したりというコミュニケーションの問題がすごく大きな課題で」

 ゆいさんの外来の際に、娘が自分の病気をどこか他人事のように感じているのではないかと思ったこともありました。
 田下絵理香さん「私が先生と一生懸命しゃべっていて娘がいないなと思って振り返ったら、後ろでゲームしている時があって、その時に自分の外来という気持ちがまだないのかなと思って」

 医療の進歩により、国内では子どもの頃に疾患を発症した患者の多くが成人を迎えられるようになりました。一方で、自分の病気を理解しないまま大人になって、途中で通院や服薬をやめてしまうケースも少なくありません。

 田下さんは、子どもが自分の病気を理解し、医師に自分の症状や思いを伝える力を持つことが必要だと考えています。ノートの制作に当たって心掛けたのは、子どもが楽しく継続して取り組めることです。医師や看護師、大学教授や小学校の教師など25人からアドバイスを受けました。

 ゆいさんは、お母さんが作ったノートを2024年からお試しで使っています。
 田下ゆいさん「母の後ろでゲームやってたから、最初は自分で先生に話すことはたぶん無理だった」

自分の体に意識が向く

 ノートを使ううちに少しずつ自分の体に意識が向き始めたゆいさんは、薬の管理が自分でできるようになったほか、苦手だった医師との会話も楽しくなってきました。
 田下ゆいさん「ノートを使った診察が3回くらいになるとだんだん自分のことが分かってきて、先生が言っている事が分かるようになってきたからすごい楽しくなった」

 ノートは子どもだけではなく、保護者の自立も促します。田下さんは診察の際、ゆいさんに任せることが多くなりました。
 田下絵理香さん「この子の代わりに私が説明しないととか思っちゃうんですけど、今はそうではなくてこの子が自分でしゃべるところを見守ることが自分の役割かと思うので、そこは何とか我慢して見守ってはいます」

 田下さんはノートの役割や効果を医師らに説明し、3月から宮城県立こども病院と東北大学病院で希望する人が受け取れるようにしました。
 ゆいさんが3カ月に1度通院している宮城県立こども病院です。
 宮城県立子ども病院循環器科大軒健彦部長「特に運動していて疲れやすくなったとかないですか」
 田下ゆいさん「バスケ本気でやりすぎて保健室行った」
 大軒健彦部長「保健室行きました?そうかそうか」

 主治医の大軒健彦医師は、子どもたち自身が診療に参加するという意識を持つことが重要だと話します。
 大軒健彦部長「中高生という患者さん自身がより成熟してくる前の時点で、何となく気づいたら自分の心臓の事について関わりを持ってたんだと自然に入っていくほうが、成人移行もやりやすくなってくるのかなと」

主体性を育む

 幼い頃に受けた手術や治療の記憶が無い患者が多い中で、こうしたノートを通して頑張ってきた自分の体を大切にしたいと思えるようになることも、主体性を育むことにつながると考えています。
 大軒健彦部長「産まれてすぐにやらないといけない手術なので、生後1週間も経つ前にやっています」
 田下ゆいさん「麻酔とかしたんですか」
 大軒健彦部長「もちろん全身麻酔をしてゆいさんが痛かったり苦しかったりしないようにして」

 病気の子どもたちと保護者の自立に役立つ病院ノートを田下さんは多くの人に使ってもらうために、行政にも支援をしてもらいたいと考えています。
 田下絵理香さん「1回ではうまく伝えられるようにならないと思うので、2年3年と年月がかかると思うので、その間使えるような体制とか予算とか諸々整えば良いのかなと思っています」