福島第一原発の処理水をめぐる問題です。海への放出開始が2023年の春から夏ごろに迫る中、水産関係者の間では輸出がストップしかねないとの懸念が広がっています。
宮城県石巻市雄勝地区。カキやムール貝、ホヤなどの養殖から加工、販売まで手掛ける伊藤浩光さんです。
伊藤浩光さん「これシンガポールとかあと香港とか(に輸出)」
伊藤さんは、新型コロナウイルスの感染拡大で国内の飲食業での需要が落ち込んだことを受け、シンガポールや香港、台湾などへのカキの輸出を始めました。
伊藤浩光さん「どこが一番需要が多い?」「今からはシンガポールだな。水揚げして滅菌して、翌日出荷して、翌々日飛行機に乗っていく」
しかし、好調なカキの輸出に水を差しかねない事態が迫っています。福島第一原発にたまりつづけている、放射性物質トリチウムを含む処理水の問題です。敷地内での保管には限界があることから、政府は2021年4月、2年後をめどに海に放出して処分することを決定。1月に具体的な放出時期を示しました。
松野官房長官「具体的な放出の時期は2023年春から夏ごろと見込んでいます」
処理水は、トリチウムの濃度を国の排出基準の40分の1、WHO=世界保健機関の飲料水基準の7分の1まで海水で薄め、海底トンネルを通して沖合1キロの場所で放出されます。このため「環境や人体に影響は無い」というのが政府の見解です。
伊藤浩光さん「勝手に流すって決めて、それも何キロ先から流すのかと思ったら1キロ先、すぐそこ。影響無いっていうのはちょっとおかしいと思う。実際流したら受注が来るのかというとそこは不安な面が多い」
伊藤さんをはじめ、三陸各地からカキを仕入れている石巻市の水産加工会社、三養水産です。この会社では、10年ほど前から香港や台湾、マレーシア、シンガポールなどへカキの輸出を始め、今では売り上げの3割を輸出が占めるまでになりました。
しかし、処理水の海洋放出が近付き、香港や台湾ではある動きが見られると言います。駆け込み需要です。
三養水産辻尚広社長082711~22「『あと2カ月3カ月で放出するから今のうちに買い込んでしまえ』っていう、ある海産物の冷凍品なんですけれども、すごく買いが強くなって価格が1.5倍だ2倍だっていうおかしなことになっている」
実際に処理水の海洋放出が始まれば、これらの市場を風評被害によって失ってしまう可能性があると危惧しています。
三養水産辻尚広社長「やはり香港向けや台湾向けは特に、最悪止まるだろうというのは頭に一応想定はしている状態です」
こうした水産関係者からの懸念に対し、政府はさまざまな対策を打ち出しました。風評被害によって需要が減少した水産物の一時買い取りなどを行う300億円の基金や、燃料費などを支援し漁業継続の後押しをする500億円の基金の創設も決まりました。
東京電力も水産物などの価格が下落した場合は、賠償をすることになっています。
三養水産辻尚広社長「あまり言いたくない言葉ではあるんですけど、やはりそういったところの補償はどの程度出てくるのかは注視している」
1月30日、宮城県の水産関係の団体が政府から風評被害対策の説明を受ける県の会合が開かれ、安全性を確認するモニタリングを更に強化するよう求める意見などが出されました。
宮城県水産林政部吉田信幸部長「国の方でも(モニタリングの)頻度を高め、公表回数を増やしていく検討を進めるということだった」
水産関係者は、これまで何度も海洋放出以外の処分方法を検討するよう国に求めてきました。しかし、政府の方針を変えることはできませんでした。
今は、少しでも風評被害を少なくするため、安全性の担保や徹底した支援・賠償、そして、正確な放出時期を早期に明らかにするよう求めています。
宮城県漁協寺沢春彦組合長「反対があっても放出するんだと(正確な放出時期を)示してもらった方が我々にとっては準備や対応ができる。確実なところの一番早めに発表をやってほしい」
伊藤さんや辻さんは、少子化やコロナ禍などで国内での消費が伸び悩む中、輸出によって販路を拡大してきました。
風評被害により、香港や台湾への輸出ができなくなる事態を想定して、東南アジアへの輸出を更に増やしたり、新たな輸出先を開拓したりしていくということです。