ロシアの軍事侵攻を受け、宮城県石巻市に避難してきた2人のウクライナ人女性です。避難から1カ月、今の思いを取材しました。
ウクライナ出身のホンチャロヴァ・イリナさん(62)と母親のシェプノヴァ・リディヤさん(86)です。
イリナさん「あ、ウクライナにもある。栗の木だわ。素敵、素敵だわ」
ウクライナから宮城・石巻市に避難
2人は、石巻市内に住むイリナさんの長男を頼り、4月16日にウクライナ北部の都市チェルニーヒウから避難してきました。
イリナさん「朝起きて近所の人に起こされて、戦争が始まったと言われて信じられませんでした。でも、その後に空襲警報が鳴ったり、(爆弾を搭載した)飛行機やミサイルの通過する音が聞こえました。そこから人生が大きく変わりました」
2月24日に始まったロシアによるウクライナへの侵攻。
イリナさん「私は実際に見ていないのですが、ミサイルが着弾した所に人がいて、体がばらばらになる瞬間を次男が見ているんです。(家に戻った次男が私に)お母さんどこにも行かないでと言ったんです」
イリナさんとリディアさんは、侵攻開始から約1カ月間、自宅や地下で過ごしましたが、攻撃が激しさを増したため避難を決意。ポーランドの首都ワルシャワを経由して、4月16日にイリナさんの長男が住む石巻に到着しました。
斎藤正美石巻市長「ここに避難出来て良かったね。ウクライナのこと非常に気になるだろうけど、心静かに暮らせるようにと思っています」
宮城・石巻市が当面の生活費と災害公営住宅を提供
慣れない異国での生活。石巻市は、当面の生活費と災害公営住宅を提供しました。長男のヴィタリさんと妻の真由美さんも2人を支えます。
日本への避難から3週間。この日は、2人にとって特別な日になりました。
真由美さんの母親「こんにちは」
イリナさん「こんにちは」
真由美さん「おはようございます」
イリナさん「どうぞ入ってください」
ヴィタリさんと真由美さんが結婚してから4年。真由美さんの両親との初めて会うことができたのです。
ヴィタリさん「私のおばあちゃんとお母さん」
イリナさん「お2人を迎えられてうれしいです」
真由美さんの父親「(無事に着いて)本当に良かった。安心してね、ゆっくりと」
イリナさんは手料理でおもてなし。ウクライナの伝統料理、ボルシチやハンバーグなどを作りました。
ヴィタリさん「お母さん、もっと(ボルシチを)温めて(ウクライナ語)」
真由美さん「おいしい」
イリナさん「みんなでしゃべっている間に冷めちゃったのよ」
真由美さん「自分もうれしいですけど、(お互いの両親の反応を見て)何かちょっとこそばゆい感じですね。両方の家族がそろって一緒に過ごせるのは、すごく幸せなことだなって思います」
地域の人たちと交流
地域の人たちもイリナさんとリディヤさんを温かく迎えています。5月7日、2人は、石巻市のNPO法人が主催している音楽会に招かれました。多くの住民がいる場所を訪れるのは初めてです。
音楽会の終盤には2人を励まそうと、讃美歌「ウクライナへの祈り」が披露されました。
イリナさん「この曲を日本の皆さんまでもが歌ってくれるなんて、これ以上のものはないです」
宮城に避難して1カ月。この日、2人の姿は仙台市内にありました。
日本への滞在期間を3カ月から1年に延長する手続きをするため、出入国在留管理局を訪れました。
イリナさん「(いろんな手続きが一段落し)これで通常の生活が送れそうです。月曜日から(日本語)学校に通い始めました。今いる国の言語を学んでいきたいです」
ウクライナの平和を願う
終わりの見えないロシアのウクライナへの軍事侵攻から間もなく3カ月。イリナさんとリディヤさんは、一刻も早く戦争が終わり、平和が戻ることを願っています。
イリナさん「日本の皆さんへは感謝の言葉しかありません。ウクライナにもこのような公園などがあります。日本、ウクライナ、世界中の皆さん。自分の周りにある平和、そして、(黒煙やミサイルがない)平和な空を大切にしてほしいと思っています」