福島第一原発事故の影響で福島県浪江町から仙台市に移り住み、パン屋を営む女性がいます。毎週浪江町に通い、ふるさとの味を届け続けています。

 レピコロレ今井まゆ店長「浪江の方に言われて、これ良かったよねっていうのは持っていってます」

 仙台市太白区でパン屋を営む今井まゆさんです。今井さんにとって毎週火曜日は特別な日。1時間半以上かけてふるさとの浪江町にパンを届けます。

 今井さんは震災前、浪江町で店頭販売のほか給食用のパンを製造していました。しかし2011年3月11日、福島第一原発事故が起きます。

 レピコロレ今井まゆ店長「本当にすぐ戻れる感覚でした。まさかそんなに長く帰れなくなるなんて思っていなかったので」

 自宅と併設する工場は、福島第一原発からわずか8キロ。今井さんは、避難していた知人の家で爆発音を聞きました。

 レピコロレ今井まゆ店長「爆発音なんてそんなに生きていて聞くものじゃないじゃないですか。今の何?っていう感じですね」

 避難を余儀なくされた今井さん。実家がある仙台市に移り住み、2018年1月に太白区で店を再建することができました。

 その翌月から現在まで5年間、今井さんは毎週火曜日に雨の日も雪の日も焼いたパンを持ち浪江町に通っています。

 レピコロレ今井まゆ店長「懐かしい味に戻ろうって思うのも一つの方法だなと思って、(故郷と)つながっていく方法っていうんですかね」

 この日は浪江町役場近くの仮設商店街で約30種類200個のパンを、販売しました。 常連からはじ得て購入する人まで多くの人が訪れ、2時間ほどでほぼ完売しました。

 買い物客「火曜日楽しみにして待ってます。浪江町への思いを持ってここに来てくださっているっていうのはもちろんありますし、あとはやっぱりおいしいんですよ」

 多くの人に愛されているふるさとの味。届け続ける中で、今井さんは訪れる人の変化を感じたといいます。

 レピコロレ今井まゆ店長「雪が降ったら最初の1年、2年は当然、遠いから来ないでしょっていうお客さんの意識が、絶対来てくれるって変わっていった時に、雪の中でお客さん待ってるんだったらこっちが頑張んなきゃなって、励ますんじゃなくて励まされながら仕事してたので」

 震災を乗り越え、新たにできた人とのつながり。今井さんはこれからもふるさとの味を届け続けます。

 レピコロレ今井まゆ店長「求められて働けることがすごく幸せなので、ここの人たちは裏切れないです」