8月下旬にも始まるとされる福島第一原発の処理水の海洋放出についてです。補償があっても風評被害が出れば漁業の衰退につながると訴える漁師の思いを取材しました。

 宮城県石巻市寄磯浜の漁師、遠藤仁志さんは35年間、ホヤやホタテを養殖してきました。遠藤さんは処理水の海洋放出に大きな不安を抱いています。
 遠藤仁志さん「地元のホヤ生産者が大変になる。ホヤで食べている人が結構いるので(風評被害で)そういう人たちの生活が成り立って行かなくなってくる」

 震災前、年間1000トンほどのホヤを韓国に輸出していた遠藤さんですが、原発事故で韓国への輸出ができなくなり、一時ホヤの取引量は2割以下に激減しました。
 そうした中、取引先の確保を目指し震災から5年後に何とかこぎつけたのが、多くの韓国人が暮らすアメリカへの輸出でした。

風評被害を懸念

 年間40トンの輸出ができるまでになった矢先の処理水の放出決定。輸出先から「処理水を流す前のホヤを出荷してくれ」と、暗に放出後は取り引きが難しいことを告げられました。
 遠藤仁志さん「がっかりも何も、何の言葉も出ない。簡単に言えば強行ですよ。強行、強行で流すっていうことですよ」

 岸田文雄総理大臣「漁業関係者については、西村経産大臣をはじめ地元との対話を重ねてきており、この漁業者の方々との間における信頼関係は、少しずつ深まっているとの認識をしています」

 国と東京電力の計画では、放射性物質トリチウムを含む処理水を海水で希釈し、国の排出基準の40分の1未満にして、海へ放出します。
 この計画についてIAEA=国際原子力機関は7月、人や環境に与える影響はごくわずかで安全基準に合致していると結論付けました。
 これを踏まえ、政府は8月下旬にも海洋放出を行う方向で調整を進めています。

 原発事故の後、風評被害に苦しんだ漁業者たち。日本有数の水揚げ量を誇る石巻魚市場では、安全を証明するために毎日欠かさず行っていることがあります。
 石巻魚市場佐々木茂樹社長「ここは放射能検査室ということで、今はセシウムの検査を毎日市場に水揚げされた魚でサンプルを取りまして、きょうは2種類なんですけれども、検査をしています」

 競りの前に水揚げ量が多い数種類の海産物について、放射性セシウムを測定しています。この日測定したのは、スルメイカとカナガシラです。
 検査員「スルメイカはゼロです」
 石巻魚市場佐々木茂樹社長「スルメイカゼロ」
 検査員「カナガシラもゼロで両方とも大丈夫でした」

石巻魚市場の取り組み

 国が設けている水産物の基準値は1キロ当たり100ベクレルです。石巻魚市場では検査を初めてから12年間、10ベクレルを上回ったことは一度もありません。
 石巻魚市場佐々木茂樹社長「(原発事故後)宮城県沖のものは当然、値段が安くしか取引されないような事態がありましたけども、今はその辺もかなり薄らいで、福島県沖も宮城県沖のものも安全だから鮮度が良ければ食べますよという消費者もだいぶ多くなりました」

 一方で、処理水に含まれるトリチウムを簡単に測定できる装置はありません。国の機関に依頼しても、結果が出るのは最短でも翌日以降。競りには間に合いません。
 石巻魚市場の佐々木茂樹社長は、トリチウムについてもこれまで以上に情報提供が重要になると考えています。
 佐々木茂樹社長「我々としては関与するすべがない。セシウム(検査)しかできませんので、そこら辺はもどかしさは当然あります。国なり東京電力の方で、徹底的に国民の皆さんにトリチウムについては魚には蓄積されないよと。絶対食べても健康に害することはないよということを広く知らしめてもらわないと」

「補償あっても漁業衰退」

 石巻市寄磯浜では、原発事故後に多くの漁師が海を去りました。当時も補償はあったものの、出荷できない時期が続いて販路を失い漁業への意欲を無くした漁師もいました。
 遠藤さんは、補償があっても風評被害が続けば漁業は衰退するとして、国には消費者が安心して水産物を食べられる体制をつくってほしいと訴えます。
 漁師遠藤仁志さん「科学的根拠は安全、風評に関しては安心だから、そこは政府の方々が身をもっていろいろ働きかけて、皆さん消費者から始め安心を与えてくれるように動くとか働きかけるとかしてほしいとは思う」